次は,とあるゴルフ場近くの法面で観察されるソイルクリープ
(凍結融解,湿潤乾燥の繰り返しによって表土が重力に従って斜面下方にずり落ちること.土壌匍行).

法面施工時,表面にネットが張られたため,その後のソイルクリープによる表土の集積が,はらみ出しとして残った珍しい例(図中のスケールは40 cm).
伸縮計による観測によれば,ある年の春〜秋の期間の動き(斜面下方へのずり落ち)は7ヶ月で1.5-3 mmほど(土方,2004).
多羅尾の田園風景.のどかである.60年前,この谷は一夜にして土砂に埋まった.手前右側の立ち木のある平坦面は,さらに古い土石流堆積物のつくる段丘.航空レーザー測量によって得られる細密地形データによると,斜面には南山城災害のときに発生したものよりも古い崩壊跡地が多数存在し,谷には3段の土石流段丘が認められる(14C年代測定によれば最高位のものは縄文時代).また,谷底堆積物のボーリングでは6つの堆積ユニットが確認され,南山城災害と同様の土砂生産イベントが,歴史時代に,そして,おそらくは完新世の数千年にわたって,繰り返し発生してきたことが明らかとなっている(高橋,2008).
南山城災害の犠牲者を弔う石碑.裏側の碑文によれば,多羅尾地区では44名の死者を出したとのこと.左下の写真は公民館に掲示されている啓蒙文.災害の翌日に当時の村長 多羅尾光道氏によって公示された「村民各位に告ぐ」の文は感嘆させられるものがある.
「この際,この時,自ら立ち得るものは他に頼らず自ら立とう」
まだ水も引かない災害の翌日の話.真のリーダーシップとは何か.この言葉はそれを教えてくれる.
昔の「偉い人」は,本当に偉く,尊敬されていたに違いない.
最後は花崗岩のコアストーンの観察. 厚い風化帯の深部には,球状の新鮮な花崗岩が,風化から取り残されて存在している(左上写真).核はしばしば何重もの殻(風化殻)に取り囲まれている(左下写真).この殻の内側の核の部分にはさらに内部構造があり(右側写真),外側に褐色の部分(写真の折尺目盛で 7-15 cmの部分),その内側に白色の部分(同< 7 cm)がある.褐色はゲーサイト(FeO(OH))の沈殿によるものであり,白色はこの部分から鉄が抜けていった結果である.写真には写っていないが,白色部のさらに内側には,人為的に割ると,しばらくして赤く発色してくる新鮮部がある.透気試験の結果は,マイクロクラックの伸張がこの赤発色部の少し内側まで及んでいることを示唆しており,発色は外からの酸素が届かずに還元状態にあった黒雲母起源の鉄が,外気にさらされてヘマタイト(Fe2O3)へと変化することによるものである(諏訪,2000).この赤発色部,白色部,褐色部の3層構造のうち,褐色部が剥離を起こして,風化殻となるのである.

DPRI Mountain Field trip log #005
環境地球科学IIIA巡検

信楽地域の風化花崗岩類と水文

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今回は現場の写真が(あまりに草が生い茂って...)撮れなかったが,この地域の花崗岩で,1987年に成形された人工掘削斜面の,その後12年間の急速再風化の研究も行われている(伊藤,1999; 鈴木ほか,2002).あれからさらに12年,表層の物性はどうなっているか.岩石の風化がその初期ほど高速で進むならば,同じ12年間でも物性変化は小さいはず.おもしろそうです.
引用文献:
Chigira, M., Imai, C., Hijikata, H. (2006) Water percolating behavior indicated by the water chemistry within a decomposed granite slope, central Japan. Engineering Geology 84, 84-97.
土方英明 2004年度 京都大学修士論文 風化花崗岩斜面における降雨浸透過程と表層の斜面移動に関する研究―信楽花崗岩における事例―
今井千鶴 2003年度 京都大学修士論文 風化花崗岩を浸透した地下水の化学的特徴について―信楽花崗岩の事例―
伊藤栄紀 1999年度 京都大学修士論文 風化花崗岩の急速再風化に関する研究―滋賀県信楽町の掘削斜面を例として
諏訪陽子 2000年度 京都大学修士論文 奈良県柳生における花崗岩の球状風化
鈴木浩一・伊藤栄紀・千木良雅弘 (2002) 風化花崗岩表層の緩みと斜面内部への降雨の浸透−物理探査と実測データを用いた検討−.応用地質 43,270-283.
高橋優子 2008年度 京都大学修士論文 風化花崗岩地域の崩壊と土砂生産履歴―滋賀県甲賀市多羅尾地区の例―

調査日: 28 Jun. 2011

行き先: 滋賀県甲賀市信楽町多羅尾 [多羅尾 on Google Map]

参加者: 教員1名,研究員1名,学生4名 (引率・指導: 千木良先生)

行程: [出発: 8:00] ― [現地着: 09:30] ― [現地発: 19:00] ― [帰着: 20:30]

Hirundo rustica
巣立ちももうすぐ...
文責: 松四雄騎 (30 Jun. 2011)
(C) 2011 DPRI Mountain. All Rights Reserved.
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今回の巡検の目的は,花崗岩をつくる鉱物とその風化様式を理解し,風化帯を場とした水文-地形プロセスを知ることです.岩盤が風化し,緩み,崩れて,土砂となって谷を下るまでを,現場での観察で追跡しましょう.

行き先の花崗岩地域一帯では,1953年(昭和28年)8月15日に,南山城災害と呼ばれる土砂災害が発生しています.総雨量300-400 mm,最大時間雨量60 mm/h超の雨によって,表層崩壊が群発し,土石流によって,336名の死者・行方不明者と5122戸の家屋被害(国交省土砂災害記録)が発生しました.なぜ,どのような理由で,この災害が発生したのでしょうか.過去にもあったのでしょうか,そしてこれからもあるのでしょうか.
花崗岩地帯における風化帯の形成とそこでの水の挙動,表土の形成とクリープ,土石流堆積物による谷埋めなど,災害にかかわる地球表層プロセスを洞察し,災害を知る・防ぐ・減らすための手がかりを探ります.

この図は同じ法面の下の方に設置された横ボーリング孔のうち,3本から流出する水の溶存シリカ濃度を示したもの(今井,2003; Chigira et al., 2006).シリカ濃度の下限は,風化帯の間隙に二次的に沈殿したクリストバライト(SiO2多形のひとつで低温低圧でも準安定で存在)の溶解度(図中のグレーの水平線)によって制御されているらしい.一定以上(おそらく地表を濡れで覆い,空気を風化帯に封入できる程度)の雨量をもつ降雨イベントが発生すると,毛管帯に存在する,クリストバライトと溶解平衡に達した水が押し出される,という仮説が提案されている.このプロセスの後,濡れ前線の降下とともに不飽和帯の斜長石起源のシリカに富んだ水が流出してくるようである.このほかにもカルシウムイオンとシリカの濃度変化,そして流出量変化に大変興味深いデータが得られている.
それにしても,この水質データ数... ちなみに自動採水器は使ってない!
Fig. 5 of Chigira et al., 2006. Eng. Geol. 84, 84-97
まずは花崗岩の風化によって形成されるマサの露頭観察.主要構成鉱物を見分けるところから.
この露頭のように,岩盤がその場で,もとの構造を残したまま,主として化学風化によって変質したものはサプロライトと呼ばれ,ここではハンマーで掘れるまでに柔らかくなっている.花崗岩が冷え,さらに応力開放を受けるとき,膨張・収縮係数の異なる鉱物粒子は,粒界で互いに押し合いへしあい,すなわち花崗岩は,最初からいずれ解体されるように,時限爆弾を抱えて地表に出てくるようなものだ.

ん? よくみるとサプロライトの中でも,地表に近いところで斜長石(だったもの)がさらに変化しているかも!?
何度来ても,そのたびに新しい発見ができる,フィールド研究者はそのセンスが問われます.さすがです.
あ,別に地元の釣り人が写っちゃったとかじゃないですよ.