DPRI Mountain Field trip log #002
環境地球科学IIIA巡検

河床縦断面,遷急点の移動と地すべりの発生

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文責: 松四雄騎 (16 Jun. 2010)
(C) 2010 DPRI Mountain.. All Rights Reserved.
中原川出口付近の右岸側で,重力変形を起こしている斜面(アーチ橋は上の写真と同一のもの).左の写真は,右の写真の一部に,移動体の輪郭を記入したもの.こうした重力変形は,下刻によって斜面の下部が取り去られることによる斜面の不安定化を反映している可能性が高い.近年急速に普及した航空レーザースキャナーによって,地表面の変形構造を詳細に把握することが可能となった.この斜面では,その形態からみて,移動体が完全に基盤から切り離された状態には達していないように見える.しかし,降雨などを引き金として,大きく,急速な地すべりへと発展する危険性があり,監視が必要である.
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調査日: 15 Jun. 2010

行き先: 紀伊山地・五条および十津川

参加者: 教員2名,研究員1名,学生5名 (引率・指導: 千木良先生)

行程: [出発: 7:30] ― [現地着: 10:30] ― [現地発: 17:00] ― [帰着: 21:00]

今回の巡検の主目的は,侵食基準面の低下が引き起こす地形プロセスを理解し,その結果形成される地形を観察することです.

行き先の紀伊山地では,付加体堆積岩類(四万十帯)が,美しい山並みを造っています.地形図をじっくり眺めると,山地を開析する谷の発達には,深い歴史があることがわかるでしょう.現在進行中の研究によって明らかになりつつある,岩盤河川の下刻と遷急点の伝播および斜面の重力変形の関係を学びます.

目的地のひとつ,十津川では,明治22年(1889年)8月に十津川災害と呼ばれる大規模な豪雨災害が発生しています.また現在でも,紀伊山地の縦断メインルート国道168号沿いでは,しばしば斜面崩壊が発生しています.巡検を通して,こうした斜面崩壊が,山地の地形発達過程の中で,れっきとした原因をもって,しかるべき場所に発生していることが認識されることでしょう.


午後からは,十津川の支流,中原川の地形を観察.中原川は,明瞭な谷中谷(Inner gorges)をもつ.写真は猿谷ダムを挟んで,対岸から中原川の出口を見たもの.写真右手の斜面(中原川の左岸側)は急勾配であるのに対し,反対の左手の斜面(中原川の右岸側)の勾配は緩い.この緩傾斜面は流れ盤であり,斜面全体が重力変形することにより,明瞭な遷急点が発達しないものと考えられている(平石・千木良,2010).
国道沿いで,岩盤内部の面構造の変形が観察できる露頭を発見(写真A).写真Bは露岩部を拡大したもの.おわかりだろうか.

写真Cには,変形構造の概要を図示した.斜面の傾斜方向に,頁岩の層理面がお辞儀をしている(写真Cに示した太い破線よりも上の部分).曲げ変位の大きい部位では,岩石が破砕して割れ目が開口しており,こうした岩盤クリープは,Fractural topplingと呼ばれる.

本流の深い谷には,しばしば懸(垂)谷(hanging valley)がみられる.写真は,本流の肩に懸かる滝を観察しているところ.このステップを造っている岩石は変成を受けた枕状溶岩(緑色岩)であった.
緑色岩は概して塊状で硬い.滝として急勾配を保つのには,地質も関係しているだろうか.
↑ 紀伊山地の大半を造っているのは,付加体である.写真は,混在岩相(メランジュ)の典型例.泥質の基質の中に,付加の過程でばらばらになった砂岩片が浮かぶ.
山に入るとすぐに,調査地域でしばしば見られる特徴的な斜面が目に飛び込んでくる.
斜面は最上部に小起伏な緩斜面をもち,谷底に向かうにつれ傾斜を増す.写真右手の斜面のスカイラインに示した逆三角の印が遷急点(傾斜変換点あるいはknickpointとも).一つの斜面に二つ以上の遷急点が観察されることがしばしばある.写真左手の矢印は,重力変形の結果,ぽってりとした形にはらみだした斜面.山間地では傾斜が緩い場所を利用して集落が成立している.この谷は,河川の遷急点すなわち「滝」へとつながり,その上流には,この写真の深いV字谷とは見違えるような,緩傾斜で浅い谷がひろがる.
引用文献:
平石成美・千木良雅弘. 2010. 遷急点の後退による谷中谷の形成と地すべりの発生―紀伊山地の例―. 日本地球惑星科学連合 2010年大会 講演要旨,HGM005-10.
平野 昌繁・諏訪浩・石井孝行・藤田崇・後町幸雄. 1984. 1889年8月豪雨による十津川災害の再検討-とくに大規模崩壊の地質構造規制について-.京都大学防災研究所年報 B 27,369-386.
福園輝旗. 1985. 表面移動速度の逆数を用いた降雨による斜面崩壊発生時刻の予測法. 地すべり 22 (2), 8-13.
斎藤迪孝. 1968. 斜面崩壊発生時期の予知に関する研究. 鉄道技術研究所報告,626.

おみやげ! (奈良五條名物,柿の葉鮨と鮎鮨... うまー)
最後は,有名な国道168号沿いの宇井の地すべり.崩れの大きさは,幅120 m,長さ100 m,深さ20 m.地すべりを横切る再建道路に大型トラックが走っており,背後の崩壊地の大きさがわかるだろう.現在は法面工事が完了し,崩壊地の最上部にはアンカー工が施されている.この地すべりは,2004年8月10日に発生し,その一部始終がビデオカメラによって克明に記録された.
その映像はこちら

なぜビデオを据え付けて崩壊の発生を待ち構えることができたのか?実は,最終的な崩落の前に起こる斜面の変位(定常クリープ: 2次クリープ)の速度と,崩落(完全な斜面の破壊: 3次クリープ)の発生時刻との間には,経験的に良く知られた法則がある(齋藤,1968; 福園,1985).前兆の変位を捕らえることができれば,斜面崩壊の警戒・避難は可能なのだ.

この宇井の地すべりもまた,下部に遷急線を伴なう流れ盤斜面で発生している.前述の十津川災害での大規模崩壊の発生場にも同様の条件が認められており(平野ほか,1984),今後もそのような地形場での斜面変動への警戒が必要である.